■消滅した職業
「もうほとんど辞めてしまいましたよ」
私の知合いは浜松で特許の書類について英語翻訳の仕事をしていますが、周りの翻訳者は多くが仕事がなくなってしまい、今では知り合いを含めて数えるほどしか翻訳の仕事をしていないそうです。
最近のAI技術で仕事を追われる人たちが確実に表れ始めていることを感じます。
さて私の仕事はどうなるのだろうか。AIの波はホワイトカラーで働いている人たちに脅威となり、不安を与えています。
AIはどの職業に置き換わり、どの職業が生き残るのだろうか。
この投稿記事では、1980年代の人工知能の知識とそれ以後の法律家としての知識を駆使して、私なりに考えてみたいと思います。
あなたへの問い
□最近のAI技術であなたの仕事はどのように変わりましたか。
□今後AIがあなたの仕事をどう変えると思いますか?
■なぜ脅威や不安を感じるのか?
2020年の4月に起きたことを覚えていますか。当時の安倍首相が全国の小中学校を閉鎖し、緊急事態宣言の下、新型コロナウイルスが猛威を振るっていました。
中国、イタリアなど感染者が続々と死亡していく様子に世界中の人々が恐怖と不安を感じました。
そして今2024年10月の時点でコロナウイルスは人類がコントロールできる感染症になりました。
なぜあんなに恐怖と不安を感じたのでしょうか。
もちろんワクチンや治療薬がないことも原因ですが、なんといっても「わからないこと」が恐怖と不安を倍増していたのです。未知のウイルスがどのように感染し、どのように流行していくのか、わからない状態では対応のしようがなく、ただ家に閉じこもることしかできません。
AI技術はもちろんどのような広がりを見せて、今後どの職業が消えるのかについてわからない部分はあるのですが、ウイルスと違うのはこれは人間が作ったもので、その仕組みもわかっているということです。
だからまずAI技術の中心となっている仕組みを知ることが私の未来、あなたの未来にとって大切になるのです。
あなたへの問い
□AIがいろいろなことができるのはなぜか? 仕組みを知っていますか?
■AIがすごいように見えるのはなぜか?
あるエンジニアは、完成した製品のキズや不良を写真(画像)から検出するプログラムを作っています。
その人は画像をアメリカのAIツールを使っているのですが、「どうやっているかはわからないけれど、ちゃんと答えを出してくれる。」といいます。
この感想はAI、特に深層学習(ディープラーニング)の特徴をよく捉えていると思います。
要するに判断の仕組みは見えない(ブラックボックス)になってしまっているのです。
簡単な例から説明します。
例えば、猫という動物を知らない人でも、猫の写真とそうでない写真とを大量に見せてもらえば、猫を判断できるようになりそうだというのは感覚的にわかります。
これと同じように深層学習でも大量の画像データをコンピュータに読み込ませて学習させることで猫が写っている画像とそうでない画像を区別できるようになるのです。
ただ、人間であれば、猫の特徴を目や耳、ひげ、体の形などの特徴から猫を判断しますが、コンピュータは大量のデータから自動的に特徴を学習していくのでどこを特徴として捉えているのかがわかりません。
コンピュータは画像もデータ(数値の集合)としてしかとらえることができないので、学習した成果も大量の数値の集合(パラメータのセット)でしかなく、人間がこれを見て、猫のどこを特徴として捉えているのかはわからないブラックボックスになってしまうのです。
なぜ大量の変数の集合で猫が判断できるのか、ということですが、大量の元データとその答(猫がそうでないか)があればコンピュータの中で入力と出力から一番よい判断ができるようなネットワークを人間の力を借りないでも自動的に作り上げることができるからです。これを機械学習、自己学習などと呼ぶことがあります。
そうするとその大量の数字の集合で猫を判断できるようになるのです。
このように深層学習、機械学習ということもありますが、大量のデータを読み込ませるだけであとはコンピュータが一番良い判断基準を作っていくので、なぜそのような判断をしたのかというプロセスはわからないのが原則です。
これは画像データの場合ですが、文章にすればチャットGPTなどの生成AI技術となります。
なぜ生成AIは自然な日本語で答えを返すことができるのでしょうか。
これも大量の文章を前半を入力と後半を結果として学習させることで、大量の文章データから、質問に一番よい答えを出すことができるようになります。
また一つの文についても、例えば、「信号の色は、」ときたら次の単語は、青又は赤が自然であるということになり、「白」や「黒「という言葉は入りにくいということになります。
そして「信号が赤」まできたら、次に自然なフレーズは「車は停まる」といったものになります。
このようなこと繰り返して自然な文章を作っていくことになります。
ちなみにコンピュータは文字を理解したり画像を理解したりすることはなく、すべてを数値に置き換えて計算できるようにします。
さらにいうとこの数字(10進法)というのも人間が置き換えているにすぎず、コンピュータはオン(1)とオフ(0)の2つの区別しかできません。だから2進法で処理した大量のデータを10進法にしてわかるように表示したりするのも人間がその仕組みの部分を考えて表示できるようにしているということになります。
電球がついたり消えたりすることで部屋に人がいるかいないかがわかったりしますが、これは1ビットの情報を示しています。
そしてこのようなオンとオフのものすごい大量なつぶつぶがコンピュータの中に入っているわけです。
何よりも大切で知っておかなければならないことは、コンピュータは「何も考えていない」ということです。
見かけ上はコンピュータが人間のように考えて答えて見えるように見えてしまうかもしれませんが、コンピュータは大量の数字の集合から一番それらしい確率の高いものを並べているだけで、それは入力された大量のデータから「それらしい答え」を出力しているにすぎません。
この深層学習は大量のデータを高速で処理するコンピュータがなければ実現できません。この深層学習というアイデアとコンピュータの大量かつ高速処理がうまく組み合わされて、チャットGPTなど生成AIや画像認識などが脚光をあびるようになったというわけです。
あなたへの問い
□あなたの身近にあるAIはどのようなデータをもとに学習していますか。
■あなたの仕事はAIでなくなってしまうだろうか?
私の知り合いにとても腕のいいペンキ職人がいます。
この仕事はたぶんAIで置き換わることはしばらくはなさそうです。
ただ職人の動きをロボットに学習させて再現しようとする研究はあるのでそのような研究が進むと職人さんの仕事もなくなるかもしれません。
今一番使われている深層学習で成果を出すには、同じ種類の大量のデータ、統一されたルール、明確な目標とするものが必要であるとされています(※1)。
ますは、画像、文章(テキスト)、音声、数値(売り上げ、気温など)などが必要だということです。これがなければそもそも学習させる元となるものがないことになります。
そして一定のルールと目標です。翻訳については日本語→英語のルールは一定しており目標も明確、これらについては大量のデータで学習することができるため、AIにとって代わる可能性が高いということになります。
では弁護士業はどうでしょうか。
ある程度の法律相談であれば大量のデータをもとにそれらしい答えはできるため、AIでもなんとかなりそうです。
ただ弁護士業は、過去に事例がないものや判断が分かれそうな事案も多く、そうなるとAIが過去のデータからそれらしい答えをしても、弁護士の個性は発揮されないことになります。
また弁護士業は人と人とのつながりが大切で、同じ答えであっても機械がするのと人間が答えるのでは依頼者に対する安心感が違うのではないかと思います。
つまり、過去のデータだけでは対応できないもの、人と人とのつながりが必要なものについてはAIでは対応できず、人間の仕事になるのではないかと思います。
ただし大量のデータを元に一番よさそうな答が必要だという場面は多くありますからそういった仕事の部分はAIで置き換わっていくのは間違いなさそうです。
あなたへの問い
□AIの進歩で私たちの仕事はどう変わると思いますか?
■最後に覚えておきたい大切なこと
AIは何も考えていません。
そのことがとんでもないバイアスを生み出す危険性を秘めています。
極端な例えいうと有色人種の顔データが不足している学習プログラムで、人間をゴリラだと判定してしまうようなことが起こる危険性があります。
より深刻なのが築かれにくいバイアスです。
例えば元のデータが白人男性が圧倒的に多かったりすると、女性やアジア系の人に対して入社資格など基準が厳しくなったりすることがあるといわれています。
大量のデータで学習させてもそのデータで日本人や女性が圧倒的に少なければ、日本人や女性がその基準をクリアするのは難しくなるのは想像できることでしょう。資料として(※2)。
また深層学習では大量の個人情報やプライバシー情報を扱うことがあり、セキュリティが問題になりやすいということです。
日本でも個人情報が流出してしまったり、個人情報を抜き取られてランサム攻撃の被害が企業や自治体でも起きています。実例として(※3)。
今後はすべてのレベルで高いセキュリティ意識が求められることになります。
あなたへの問い
□AI技術を仕事に使う場合にどのようなリスクを想定しますか。
参考文献
※1 「AI 2041 人工知能が変える20年後の未来 (カイフ―・リー著)
※2 「AIファーストカンパニー」
※3 個人情報に対する不正アクセスについてシステム業者のセキュリティが問題になった裁判例として次のものがあります。
http://patent-law.jp/news/detail/?id=41
水野健司特許法律事務所
弁護士 水野健司