『人類とイノベーション:世界は「自由」と「失敗」で進化する』(マット・リドレー著、太田直子訳)

 鉄道、自動車、飛行機等輸送、食料、エネルギーなど様々な科学分野におけるイノベーションを一般には無名の人物も含めて丁寧に説明しています。

 その根底にあるものは、イノベーションは一人の天才が短期間のひらめきで実現したのではなく、多数の人の地道な営みの集合があって実現したのだということ、そして発明とは異なり、イノベーションは手ごろな価格で一般の人に大きな利益をもたらすための試行錯誤であり、それは長いプロセスなのだということでした。

 電気を与えて発光させるのに適した材料を何千もの回数試して竹という材料にたどり着いたエジソンの例のように、まさしく試行錯誤により得られるものであるということです。これは鉄道、自動車などどの分野におけるイノベーションでも同じことであり、歴史に名を遺した人物以外に多くの称賛されるべき人物の努力が、集合体となって成し遂げられたものであることが協調さています。

 自動車は蒸気機関を既存技術として内燃機関の発明によるもので自動車の開発も多数の長い期間の積み重ねと言えますが、一般の人々の手の届く価格帯で大量生産までもっていったのはヘンリー・フォードであり、イノベーターといえるでしょう。

 一方で、官僚制や特許といったものはイノベーションを阻害するものであり、既得権を守ろうとする政府、大企業が参入障壁を設けて利益を得ようとするもので、イノベーションには全く役に立たないものだとしています。

 特許に関わる者としては、現在の大企業により寡占的に膨大な特許が保有されている現状からすれば、特許はスタートアップにとっては参入障壁でしかなく、イノベーションを遅らせている原因の一つであるというのはそのとおりでしょう。

 法律の規制や特許がイノベーションを阻害するのでは、特許法の目的が産業の発展としていることとも矛盾するものであり、運用には注意が必要でしょう。

 著者はイギリス出身の経済啓蒙家とのことですが、繁栄と自由からイノベーションが起きるのであり、現在のアメリカではシリコンバレーについてもスタートアップが減ってきているということです。

 何よりも自由に反映できて失敗に寛容な土壌があることが重要で、今後は中国、インドがイノベーション大国となる可能性があるということでした。

 マスコミはイノベーションを天才のひらめきとして描きたがるものですが、著者が述べるように地道な試行錯誤と多くの失敗が真のイノベーションを生み出すのだという本質的な部分を気付かせてくれる内容でした。

 

水野健司特許法律事務所|技術・知的財産、外国企業との契約書を中心に解決 (patent-law.jp)